【第1章】26歳ギリギリの年収で買ったタワマンが1億円の含み益を生むまで(決断と葛藤編)

不動産・住まい

「本当に、これでよかったのだろうか……。人生が終わるかもしれない」

分厚い売買契約書の最後のページ。朱肉の匂いが漂う中、かすかに震える右手で実印を力強く押し込んだあの日の記憶は、今でも脳裏に焼き付いています。
モデルルームを出て、勝どきの冷たく強い海風を全身に浴びたとき、私の中には「マイホームを手に入れた喜び」など一ミリも存在しませんでした。そこにあったのは、ただただ暗く重い「恐怖」「絶望に近い不安」だけだったのです。

当時の私はまだ26歳。社会の荒波に揉まれ始めたばかりの若手サラリーマンでした。
年収もそれなり。貯金だって決して多いわけではない。
そんな私が、人生のすべてを賭けて手に入れたのが、勝どきにそびえ立つ国内最大級のツインタワー「THE TOKYO TOWERS(ザ・東京タワーズ)」でした。

価格は4000万円弱。
現在の相場からすれば「嘘みたいに安い」と思われるかもしれません。しかし、当時の私の年収からは「住宅ローン審査が通るか通らないか、針の穴を通すようなギリギリのライン」でした。数千万円という、見たこともない金額の借金を背負うこと。それは、26歳の若造にとって、自分の命を担保に入れるような感覚に近かったのです。

「大丈夫ですよ」― 信じられなかった営業マンの笑顔

契約に至るまでの日々は、まさにノイローゼ寸前でした。
夜、ベッドに入っても目を閉じると「金利が暴騰したら?」「会社が倒産したら?」「体を壊して働けなくなったら?」という最悪のシミュレーションばかりが浮かんでは消え、呼吸が浅くなる日が続きました。

私はその不安を打ち消すため、担当してくれた三井不動産レジデンシャルの優秀な営業マンに、何度も何度も疑問をぶつけました。
少しでも金利の条件を変えたもの、ボーナス払いの比率を変えたもの……なんと5回も返済シミュレーションを作り直してもらったのです。「またこいつか」と内心思われていたことでしょう。

それでも担当者は、一切嫌な顔を見せず、完璧な笑顔でこう言い切りました。

「お客様がお勤めの会社であれば、今後間違いなく年収は順調に上がっていきます。だから、全く問題ありません。大丈夫ですよ。
むしろ、将来ご結婚されてご家族が増えることを見据えるなら、目先の安さに逃げず、絶対に3LDKを選択するべきです」

……しかし、当時の私はひねくれていました。
「営業マンなんだから、売るためにはそりゃ『大丈夫』って言うに決まってるだろ。俺の人生の責任なんて取ってくれないくせに」と、その言葉を全く信じていませんでした。
それでも彼が提示する「この街のポテンシャル」と「建物の圧倒的なランドマーク性」には、不思議な魔力があったのです。

周囲からの強烈な反対の嵐「埋め立て地に住む異常者」

ローンへの恐怖に加え、私をさらに追い詰めたのは周囲の人々の強烈な「反対」でした。
当時、20代半ばでマンションを買う人間自体が極めて珍しかった上に、その場所が「勝どき」であったこと。これに対する年配の親族や職場の先輩たちの反応は、冷酷なまでに否定的でした。

「埋め立て地なんて、もともと人が住むところじゃない。地震が来たら液状化して終わりだぞ」
「あんな巨大なゴミ処理場(中央清掃工場)のすぐ近くに家を買うなんて、信じられない。頭がおかしくなったのか?」

容赦なく浴びせられる言葉の刃。当時はまだ、湾岸エリアのタワマンに対する世間の評価は賛否両論……というより、むしろ「見栄っ張りが住む異端の場所」という見方が根強い時代でした。

みんなの反対の声を聞くたびに「やはり自分の選択は間違っているのではないか」「一生ものの買い物を、こんな若さで、こんな特異な場所でしていいのか」と、心がグラグラと揺れ動きました。
それでも、私は最後には自分の直感を信じ、契約書に実印を叩きつけたのです。

「埋め立て地に住むなんて」「ゴミ処理場の近くに買うなんて信じられない」。周囲からは散々な言われようでした。毎月の返済への恐怖と、周りからの否定的な声。それでも私はハンコを押しました。
しかし、一つだけ「今でも激しく後悔している、ある大きな失敗」をしてしまったのです。もしあの時に戻れるなら、絶対にこの選択はしません。初めて家を買う人が陥りがちな、その罠とは——。

タイトルとURLをコピーしました